「このままで、いいのかな……」
給与明細を見るたびに、心のどこかで小さな溜息をつく。そんな日々が10年続いていました。
私は現在、北摂にある小さな不動産会社で事務員として働いています。数年前に必死で取った「宅建」の資格もあります。でも、現実は甘くありません。物価は上がるのに、お給料の数字は止まったまま。
「会社だけに自分の人生を預けている」という状態に、ふと怖さを感じたのが、私の挑戦の始まりでした。
小さな会社の事務という立場は、良くも悪くも社長の判断に左右されやすいものです。
それが、どこか心の片隅に引っかかっていました。
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1. 宅建×保育士? 異色の「二刀流」を選んだ3つの戦略
「不動産のプロ」を目指して宅建を取得したはずである私が、なぜ全く別ジャンルの「保育士」を目指したのか。
そこには50代からの人生を支える、現実的な戦略がありました。
① 「働き方の主導権」を自分で握りたかった
今の会社を辞められないのは、そこに依存しているから。今の会社に毎日出勤しないと、収入はゼロになります。
保育士は
- 「早朝だけ」
- 「週末だけ」
- 「ベビーシッター」
など、スポットで働けるニーズが非常に多いのが魅力でした。
時間を切り売りするのではなく、「自分の都合で、いつでも現金化できる手段」を持つことが目的でした。
② 新しく学校に通う必要がなかった
短大を卒業していれば、ゼロから学校に通わなくても受験資格があります。お金も時間もかけたくなかった私にとって、試験合格だけで手に入る「国家資格」は、最強の武器に見えました。
③ 「不動産」とは真逆の強みを持つ
法務・事務のスキル(宅建)
教育・福祉のスキル(保育士)
まったく違う分野の資格を持つことで、
「どこでも生きていける」という感覚が欲しかった。
私にとってこれは、
心のシャッターを閉めるためのお守りだったのだと思います。
2. 記憶力との戦い!50代の私が合格した「独学勉強法」正直に言います。50代からの暗記は、かなりきついです。
宅建の頃とは明らかに違う、「物忘れ」との戦いでした。
私がやったのは、とてもシンプルなこと。
- 過去問を徹底的に回す
→ 出題のクセを体に染み込ませる - 語呂合わせで音から覚える
→ 意味は後回し。リズムで叩き込む
自分で作った、ちょっと恥ずかしい語呂合わせが、
本番では何度も私を救ってくれました。
3. 【最大の落とし穴】実技試験で「自分の声」に驚愕した話
筆記を突破し、ピアノ経験もあった私は、
音楽(弾き歌い)には正直、自信がありました。
ところが練習を始めてみて、愕然。
「……え? 私の声、こんなに出ないの?」
久しぶりに本気で声を出してみて気づいた、現実。
加齢のせいか音域は下がり、ピアノの音に歌声がかき消されてしまうんです。
もし最初から、
50代向けの実技対策のコツを知っていたら——
あんなに直前でパニックにならずに済んだと思います。
50代の挑戦は、
「今の自分の現在地」を客観的に教えてくれる
プロの教材をうまく使うことが、結局いちばんの近道だと痛感しました。
私は独学でしたが、
資料請求をして比較しておけばよかった、と今は思います。
4. 資格を取って変わった「社長の見え方」と「心の余裕」
合格通知が届き、保育士証を手にしたとき。
一番変わったのは、意外にも「今の会社での居心地」でした。
給料が上がったわけではありません。
でも、
「私には、いつでも他で稼げる武器がある」
そう思えた瞬間、心がスッと軽くなりました。
社長の言動に振り回されることも、
将来を悲観することも、明らかに減りました。
「居させてもらっている」から
「自分の意思で、ここで働いている」へ。
この意識の変化こそが、
資格取得で得られた一番大きな“収益”だったのかもしれません。
50代でも、短時間パートはある。
辞めても無職になる確率は低い。
そう思えるだけで、こんなにも心が安定するとは思いませんでした。
おわりに:50代、自分の価値は自分で上げる
月に数万円。
年間で10万円ちょっとでもいい。
自分の力で「プラスアルファ」を生み出せるという自信は、
これからの人生を支える大きな柱になります。
北摂で暮らし、働き、子育てをしてきた私たちの経験は、
保育の現場では即戦力の信頼になります。
もし今の働き方に、少しでも不安を感じているなら。
まずは「自分にできること」から、
小さな種まきを始めてみるのも、悪くないですよ。
実は、私は資格だけでなく「働き方そのもの」も見直しました。
給料と時間のあいだで揺れながら、最終的にどんな選択をしたのかは、こちらの記事にまとめています。


