ただのパートが専任宅建士へ。営業マンが辞めた後に起きた給与のミラクル

お金と仕事

大阪・北摂の小さな少人数の不動産会社で一人事務員をしているyumekoです。

現在は宅建資格を活かしながら「月給+歩合」という、事務職としては少し珍しい条件で働かせてもらっています。

でも、最初からそうだったわけではありません。

始まりは、物件写真の整理や登録を担当する、週1〜2回勤務の「普通ののパート主婦」でした。

【小1の壁と、夫に呆れられた家での作業】

当時、上の娘はちょうど小学1年生。

いわゆる「小1の壁」の時期で、学校生活に慣れるまではそばにいてあげたいと考え、あえて出勤日数を抑えていました。

しかし、勤務時間が短いからこそ「役割を果たしたい」という思いが強く、出勤日以外も自宅のPCでホームページの更新を続けていました。

自宅のPCで管理画面にログインする必要があるため、社長には了解を得ていましたが、その分の給与が発生することはありません。

夫からは「大変な時期なのに、お金にもならない仕事を家でまでして……」と呆れられました。

私自身も、無給の作業をよしとする社長にモヤモヤする瞬間はありましたが、「ホームページの効果を最大化したい」という一心で動いていました。

【突然のピンチ。宅建士の営業マンが辞めてしまった】

そんな時、宅建を保持している営業マンが辞めることになりました。

後に聞いた話では、その営業マンは隙を見てはコンビニで寝ているようなタイプだったそうです。

社長の目には、「サボる営業マン」と、育児で大変な時期でも「無給で必死にホームページを整える私の姿」が、対照的に映っていたのかもしれません。

【私を救った「専任の取引士」という重い責任】

ここで、15年以上前に取得していた「宅建」が最大の武器になります。

不動産業を営む事務所には、法律(宅地建物取引業法)により、5人に1人以上の「専任の宅建士」を置く義務があります。

社長から「専任の取引士になってくれないか」と打診がありました。

専任とは、単に名前を貸すことではありません。法律で定められた**「常勤性」**という厳しい要件があり、原則として営業時間はその事務所に常に勤務し、責任を持つ立場であることを意味します。

「専任」として登録するために、法務局で『登記されていないことの証明書』を取得しました。

自分の名前が記載されたその耳慣れない難しい名前の書類を手にした時、ただのパート事務員から、会社の免許を背負う「責任あるプロ」へと、背筋が伸びる思いがしたのを今でも覚えています。

【ついに起きた「給与のミラクル」】

専任を引き受ける際、条件は劇的に変わりました。

• パートから月給制へ移行

• 出勤日数は一般の会社員より少なめに設定

• 仲介手数料の数パーセントを「歩合」として上乗せ

「常勤」という法的な責任を背負い、私がいないと契約が成立しないという状態になったからこそ、社長もこの特別な条件を提示してくれました。

これは、人数が多い会社ではまず実現しない、小さな会社ならではの「ミラクル」です。

【影の側面:ミラクルと引き換えにしたもの】

もちろん、良いことばかりではありません。この特別な条件と引き換えに、諦めてきたこともあります。

最大の悩みは、**「希望する時に休みが取りづらい」**ことです。

小さな会社ゆえに「有給休暇」という概念が薄く、子供の授業参観などの学校行事も、実は半分ほどしか行けていません。

「休んでいいよ」と言いつつも、いざ希望を伝えると「休みが多くないか?」という一言が返ってくる。社長と二人きりの空間で、その言葉に気を使わない日はありません。

専任の取引士として「私がいないと契約が止まる」という責任があるからこそ、自分の体調不良くらいでは、文字通り這ってでも出勤してきました。子供が急に熱を出した時にだけは、なんとか胸を張って休めるように——。そんなギリギリのバランスで成り立っているのが、私の「ミラクル」の正体です。

パートからは格上げ?の破格の条件を提示されたとき、少し戸惑う私に社長はこう言ってくれました。

「お金を欲しいと口にすることは、決して悪いことじゃない。だから、いいんだよ」

その言葉を聞いたとき、家で無給の作業をしていたあの頃の孤独感や、参観日に行けなかった罪悪感が、すーっと消えていくのが分かりました。

自分の役割を果たし、会社に貢献しているのなら、それに見合う報酬を堂々と求めていい。

社長は、私の「無意識の種まき」を、そんな言葉で最高の形で認めてくれたのです。

【最後に】

社長に対して「人としてどうなのか」とモヤモヤする瞬間もあれば、子供の参観日に行けず、一人で申し訳なさを抱える日もあります。

「ミラクルな給与」という光の裏には、二人きりの会社だからこその気苦労や、逃げられない法的責任という影が、常にセットで付いて回ります。

それでも私がこの仕事を15年も続けてこられたのは、自分にしかできない「役割」を武器に、自分らしい働き方を自分の手で守ってきたという自負があるからです。

もし、今「自分なんてただのパートだから」と悩んだり、仕事と家庭のバランスで葛藤したりしている方がいたら伝えたいです。

目の前のことに誠実に向き合い、種をまき続けること。そして、いざという時に自分を支えてくれる「資格」という武器を磨くこと。

それらは、いつか必ず私たち主婦を助け、人生の選択肢を広げてくれる「最高の投資」になると信じています。

「自分なんて」と諦めず、誠実に向き合い、武器を磨き続けること。それが思わぬミラクルを引き寄せてくれるはずです。

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