京橋ツインタワー思い出と、今の私
大阪・北摂の、とある社長と事務員一人の小さな事務所。
今日も私は、ワンマン社長に頼まれた「サバ缶」を買いに走っています。
事務所に戻れば、社長が自分で缶を開ける「パカッ」という音。
それをBGMにしながら、私は静かに、自分の中の「心のシャッター」を下ろします。
これが、ここで事務員として15年生き抜いてきた私の、一番確実な防衛本能です。
でも、そんな時、ふと思い出してしまう景色があります。
30数年前。
私は、京橋のツインタワー(OBP)にいました。
日本を代表する大企業、パナソニック(当時は松下電器でしたね)の新卒社員として。
お昼休みになれば、同僚と一緒にお喋りを楽しみながら、お財布ひとつ持って颯爽とエレベーターに乗り込む。
読売テレビのすぐ隣、24時間テレビの募金会場として賑わうあの巨大なロビー。
その吹き抜けを見下ろすレストランで、シが目の前で焼いてくれるステーキを食べていたあの頃。
当時の私にとって、仕事のご褒美は「プロが焼くステーキ」でした。
まさか数十年後の自分が、北摂の片隅で「社長のサバ缶」を用意する事務員になっているなんて、想像もしていませんでした。
もし、あの日の私に会えるなら
結婚。出産。
当時は「そのタイミングで退職が当たり前」という風潮の中、私は迷わず会社を辞めました。
でも、もし。
もしもタイムマシンがあって、あの鉄板焼きの店に座っている20代の私に会いに行けるなら。
私は迷わず、彼女の肩を叩いてこう伝えたい。
「辞めないで、頑張ったほうがいいよ。」
これが、今の私の一番切実な本心です。
組織の中にいることの安心感、キャリアを積むことでしか見えない景色。
それを手放して、小さな場所で15年耐え忍んできた私だからこそ、言える言葉かもしれません。
半分だけ心のシャッターを開けて、生きていく
人生に「もしも」はないけれど。
今の私は、あの頃の私よりもずっと「人の機嫌」や「世の中の理不尽」に詳しくなりました。
AirPodsで好きな音楽を聴きながら、半分だけ心のシャッターを開けて過ごすこの時間も、長い時間をかけてたどり着いた、私の大切な人生です。
かつてのステーキの味を胸に、今日も私は、目の前の「悟り」という仕事に取り組もうと思います。
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